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東京高等裁判所 昭和54年(行ケ)27号 判決

原告

住友重機械工業株式会社

被告

特許庁長官

右当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告は、「特許庁が昭和50年審判第3973号事件について昭和54年1月25日にした審決を取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文と同旨の判決を求めた。

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「溶接アーク光による立向き溶接の速度調整装置」とする発明につき、昭和40年10月15日特許出願をし(特願昭40―63039号。以下、「原出願」という。)、昭和45年4月13日原出願を特許法第44条第1項の規定により分割し、その一部を名称を「立向き溶接装置の走行制御方法」として新たな特許出願(この出願の後、昭和50年5月15日付手続補正書により補正された。以下、この発明を「本願発明」という。)としたところ、昭和50年3月11日拒絶査定を受けたので、昭和50年5月15日これに対し審判を請求し、特許庁昭和50年審判第3973号事件として審理され、昭和54年1月25日右審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その審決の謄本は同年2月7日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

被溶接母材の略垂直な接合部の両側に移動可能な当金を配置し、前記接合部に心線を連続的に供給してアーク溶接を行なう立向き溶接装置において、前記当金に適宜の支持部材によりアーク光検出用受光器を装置し、該受光器に入射するアーク光の強さが予め設定された値以上になつたとき、その出力信号により巻き上げ電動機14を制御して溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度に加速することを特徴とする立向き溶接装置の走行制御方法。(別紙図面参照)

3  本件審決の理由の要点

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

一方、原出願の発明の要旨は、「溶接部の溶接アーチ光を受ける受光器と、この受光器の指向性を強めるために設けられたパイプ状の部材と、該受光器に接続され電源と巻き上げ電動機との間に挿入され該受光器からの電流を受けて受光アーク光の強さが強くなった時に時限的に作用して該巻き上げ電動機の回転速度を自動的に速くする電気的時限的切換手段とを備え、アーク光の強弱によつて溶接装置の速度を自動的に調節するようにしたことを特徴とする溶接アーク光による立向き溶接の速度調整装置」(別紙図面参照)にある。

本願発明の要旨と原出願の発明の要旨とを比較すると、両者は、「方法」と「装置」というカテゴリーの点、「被溶接母材の略垂直な接合部の両側に移動可能な当金を配置する」、「受光器の指向性を強めるためのパイプを設ける」及び「電源と巻き上げ電動機との間に時限的切換手段を備える」の各点で互に異なり、「受光器に入射するアーク光の強さが増加した時、巻き上げ電動機を溶接速度より大きな速度に自動的に調節する立向き溶接に関するものである」点においては相違がない。

右相違点について検討すると、被溶接母材の両側に当金を配置することは、立向き溶接においては顕現するまでもなく必須のことであるから、他方においても当然に備えているものと認められる。受光器の指向性を強めることはアーク光の拡散による限界点の不明確さを補正する調整精度の問題であり、また、電動機の励磁回路に時限を持たせることは速くなつた電動機の速度を元に戻すために当然設けなければならないことであつて、いずれも設計上は当然に考慮されるところであり、その具体的手段であるパイプは光の検出において、時限的切換手段は制御回路において、それぞれ普通のものであるから、立向き溶接の検出制御においても、その適用は適宜選択することができるものであつて、このようにしたとしても、特別の効果を生ずるものとも認められない。両者のカテゴリーの相違は、その相違に基づく表現上の差異はあるが、技術的に意味のある構成要件上の差異を認めることができない。それ故、本願発明と原出願の発明とは実質的に同一の発明と認められるので、本願発明は、原出願の発明から分割した発明と認めることはできず、その結果、出願日の遡及は認められない。

そうであれば、本願発明は、その出願前に頒布された刊行物である原出願の特許出願公告昭45―9863号公報(昭和54年4月9日公告)に記載された発明と同一であるから、特許法第29条第1項第3号の規定により特許を受けることができない。

4  本件審決の取消事由

本件審決は、次のとおり、原出願の発明の構成上の必須不可欠の要件を誤認し、本願発明と原出願の発明との相違点を看過あるいは誤認し、その結果、本願発明が原出願の発明と実質的に同一であるとしたものであって、ひいて、本願発明について分割出願による出願日の遡及を認めなかつた違法があるから、取消されるべきものである。もつとも、原出願の発明の要旨が審決認定のとおりであることは、争わない。

1 審決は、原出願の発明について構成上の必須不可欠の要件を誤認したものである。

すなわち、審決は、原出願の発明における受光器の指向性を強めるために設けられたパイプ状の部材について、「受光器の指向性を強めることは、アーク光の拡散による限界点の不明確さを補正する調整精度の問題であつて、設計上は当然に考慮されるところであり、その具体的手段であるパイプは光の検出において普通のものであるから、立向き溶接の検出制御においても、その適用は適宜選択することができるものであつて、このようにしたとしても、特別の効果を生ずるものとも認められない。」との理由により、原出願の発明の構成要件ではないとしているが、特許法第36条第5項及び第70条の各規定から考えても、原出願の特許請求の範囲に明記されている構成要件を、適宜選択できるとか、特別の効果が生ずるものとは認められないとかの理由で構成要件から除外するのは誤りである。受光器の精度を上げれば、パイプ状部材は必要なくスリツトで足りる場合もあり、受光レンズで収斂させれば、パイプもスリツトも必要ないのであるが、あえてパイプ状部材を設ける旨の限定がある以上、これは原出願の発明の構成要件と認めるべきものである。

審決は、原出願の発明における電気的時限的切換手段についても、「電動機の励磁回路に時限を持たせることは、速くなつた電動機の速度を元に戻すために当然に設けなければならないことであつて、設計上は当然に考慮されるところであり、時限的切換手段は制御回路において普通のものであるから、その適用は適宜選択できるものであつて、このようにしたとしても特別の効果を生ずるものとも認められない。」との理由により、原出願の発明の構成要件ではないとしているが、これも特許法第36条第5項及び第70条の各規定に鑑み誤りである。速くなつた電動機の速度を元に戻す手段はいかようにも考えられるものであつて、受光量が設定値以上になれば加速し受光量が設定値以下になれば元に戻るようにすることも可能であり、また、受光量に比例して電動機の速度を選択するようにすることも可能である。原出願の発明は、あえて電気的時限的切換手段を備えることを発明の構成上の必須不可欠の要件として特許請求の範囲に明記しているのであつて、これを原出願の発明の構成要件ではないとはいえない。

2 審決は、本願発明と原出願の発明との対比において、次の相違点を看過したものである。

(1)  本願発明においては、「移動可能な当金に適宜の支持部材によりアーク光検出用受光器を装置したのに対し、原出願の発明においては、受光器の支持手段についてなんらの限定がない。

(2)  本願発明においては、「受光器に入射するアーク光の強さが予め設定された値以上になつたとき」に加速制御が行なわれるものであつて、たとえアーク光の強さが強くなつても、予め設定した値を越えない限り、加速制御は行なわれないものであるのに対し、原出願の発明には、このような限定がない。

(3)  本願発明においては、「受光器の出力信号により巻き上げ電動機を制御して溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度に加速する」のに対し、原出願の発明には、このような限定がない。

3 審決は、本願発明と原出願の発明との相違点を誤認したものである。

すなわち、審決は、本願発明と原出願の発明とを比較し、「受光器に入射するアーク光の強さが増加した時、巻き上げ電動機を溶接速度より大きな速度に自動的に調節する立向き溶接に関するものである」点においては相違がないとしているが、誤りである。本願発明においては、受光器に入射するアーク光の強さが増加しても、予め設定された値以上にならなければ加速制御が行なわれないのであつて、この設定値を越えた場合、はじめて受光器の出力信号により巻き上げ電動機を制御して溶接装置の上昇速度を加速するのであり、また、設定値を越えた場合にはじめて作動するのであるから、溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度に加速しなければならない必然性があるのである。審決認定のように、受光器に入射するアーク光の強さが増加した時、巻き上げ電動機を溶接速度より大きな速度に調節するものではない。

審決は、本願発明と原出願の発明との間にカテゴリーの相違に基づく表現上の差異はあるが、技術的に意味のある構成要件上の差異は認めることができないとしているが、原出願の発明は、本願発明の実施に直接使用する装置の発明であり、両者の特許請求の範囲に記載された構成要件は、いずれも技術的に意味のある構成要件である。因みに、本願発明と原出願の発明とは、特許法第38条第3号の関係にあるので併合出願すべきであつたが、誤つて一出願としたので本来の姿に直すべく分割出願したにすぎないものである。特許法第2条の規定によつても、本願発明の実施はその特許請求の範囲記載の方法の使用行為であり、原出願の発明の実施はその特許請求の範囲記載の装置の生産、使用、譲渡、貸し渡し、展示又は輸入行為であつて、両者は截然と区別される。これは、技術的に意味のある構成要件が存するからにほかならない。

第3被告の陳述

1  請求の原因1ないし3の事実は、いずれも認める。

2  同4の主張は争う。審決に原告主張のような誤りはない。

1 原告は、審決が原出願の発明の構成要件のうち、受光器の指向性を強めるために設けたパイプ状の部材、電気的時限的切換手段の2点を原出願の発明の必須要件ではないと認定しているとしているが、審決は、右2点の構成を原出願の発明の必須要件から除外するようなことはしておらず、審決の判断に誤りはない。

受光器の指向性を強めることは、アーク光の拡散による限界点の不明確さを補正する調整精度の問題であつて、本願発明においても、アーク光受光器を設置する際には設計上当然に考慮しなければならないことである。そして、受光器の指向性を強めるための具体的な手段としては、パイプ状の部材を使用する、スリツトを設ける、あるいは、受光レンズで収斂させてパイプもスリツトも設けない等の手段が普通に考えられるところであつて、そのいずれを採用するかは適宜選択できることであり、いずれを採用したからといつて特別の効果が生ずるものではない。そうであれば、本願発明においては受光器の指向性を強める手段についての具体的な限定がないだけで、原出願の発明のパイプ状の部材を必須要件とするものと実質的には同一のものである。

溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度にすれば、所定時間経過後に元の速度に戻さなければならないことは、立向き溶接装置においては当然のことであるので、本願発明においても、実際の制御に当つて設計上当然に採用すべき手段である。そして、所定時間が経過した時に速度を元に戻す具体的な制御手段としては、電気的時限的切換手段、機械的リミツトスイツチによる切換手段、あるいは、溶接装置の上昇に伴なう受光器の受光量の変化による切換手段等が普通に考えられるところであつて、そのいずれを採用するかは適宜選択できることであり、いずれを採用したからといつて特別の効果が生ずるものではない。そうであれば、本願発明においては、時限を持たせる手段についての具体的な限定がないだけで、電気的時限的切換手段を必須要件とする原出願の発明と実質的に同一である。

2 原告は、審決が本願発明と原出願の発明との相違点を看過したとして(1)ないし(3)の各点を挙げているが、これらは相違点といえるものではない。

(1)の点については、アーク光検出用受光器は、その機能を果たすためには当金と同一の運動をしなければならないものである。そうであれば、当金に適宜の支持部材によりアーク光検出用受光器を装置することは当然のことであつて、この点で両者の発明に差異はない。

(2)の点については、原出願の発明においても、巻き上げ電動機の速度を速くするのは、受光アーク光の強さが強くなつたときに行なうのである。強くなつたということは、強さがある値を越えて強くなつたということにほかならず、この強くなつたということを判断する根拠となる「ある値」を本願発明では「設定点」という表現をしているにすぎず、これは予め設定されるものにほかならない。そうであれば、この点は表現上の差異にすぎないものである。

(3)の点については、原出願の発明においても、受光アーク光の強さが強くなつたときに巻き上げ電動機の回転速度を自動的に速くするのである。これが溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度にするということであることは、立向き溶接装置の機能上自明のことであり、この点も表現上の差異にすぎないものである。

3  審決が、本願発明と原出願の発明は、「受光器に入射するアーク光の強さが増加した時、巻き上げ電動機を溶接速度より大きな速度に自動的に調節する立向き溶接に関するものである」点においては相違がないとしたことに誤りはない。この点については、前述のとおり、両者に表現上の差異があるにすぎないものである。

本願発明と原出願の発明との間にカテゴリーの相違に基づく表現上の差異はあるが、上述のとおり、実質的な相違とは認められず、カテゴリーの相違に基づく、格別に技術的な意味のある構成は認めることができない。したがつて、本願発明と原出願の発明とは同一の発明をカテゴリーを変えて表現したものにすぎないものである。

第4証拠関係

原告は、甲第1号証、第2号証、第3号証の1ないし4、第4号証ないし第6号証を提出し、被告は、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。そこで、原告主張の審決取消事由の存否について判断する。

2  本願発明の要旨及び原出願の発明の要旨がいずれも審決認定のとおりであることは、当事者間に争いがない。

まず、本願発明の目的と効果についてみるに、成立に争いのない甲第3号証の2及び4によれば、本願発明は、「立向き自動溶接の場合、溶接装置及びトーチが溶接速度とともに同時に進まなくてはならない。立向きの溶接は溶融金属の盛上の速度であるから、これに溶接装置を同調させる必要がある。従来までは、溶接中のプールの高さを一定に保持するために、溶接装置の上進操作を肉眼の判断で行なつてきていたため全体を均一に溶接することが困難であつた。この発明は、上記従来のように、肉眼の判断で行なうことなく、自動的にし、これによつて、操作上の利点のほか、人為的に速度を変化させる条件的な変動が減少し、しかも、外観形状が均一に溶接できるようにした溶接アーク光による立向き溶接装置の走行制御方法を提供することを目的とする。」ものであり、効果としては、「従来のように肉眼で判断するものに比較して、はるかに全体を均一に溶接できる。」、「自動的に溶接装置の上昇速度を溶融金属の盛上速度に追随同調させることが可能となり、従来のように肉眼で溶融金属池の上昇を監視し、作業者の判断により溶接装置を加速上昇させるという熟練を要する作業を省略でき、しかも、被溶接母材10の開先寸法の不整や曲りなど微妙な溶接条件の変化に対応して溶接装置の巻き上げ速度を時々刻々に自動的に調整できるので、溶接作業の省力化、合理化に寄与するところ極めて大である。」ものであることが認められる。

これに対し、原出願の発明の目的と効果についてみるに、成立に争いのない甲第2号証によれば、原出願の発明は、「立向き自動溶接の場合、溶接装置及びトーチが溶接速度とともに同時に進まなくてはならない。立向きの溶接は溶融金属の盛上の速度であるから、これに溶接装置を同調させる必要がある。従来までは、溶接中のプールの高さを一定に保持するために、溶接装置の上進操作を肉眼の判断で行なつてきていたため全体を均一に溶接することが困難であつた。この発明は、上記従来のように、肉眼の判断で行なうことなく、自動的にし、これによつて、操作上の利点のほか、人為的に速度を変化させる条件的な変動が減少し、しかも、外観形状が均一に溶接できるようにした溶接アーク光による立向き溶接の速度調整装置を提供することを目的とする。」ものであり、効果としては、「従来のように肉眼で判断するものに比較して、はるかに全体を均一に溶接できる。」、「母材10の開先部の寸法不整、曲りなどの微妙な変化条件に対して装置の巻き上げ速度を時々刻々に自動的に調整できる。」ものであることが認められる。

(審決取消事由1について)

まず、「パイプ状の部材」について検討する。本願発明の特許請求の範囲(前記本願発明の要旨)には「パイプ状の部材」を具備する旨の記載はない。しかし、本願発明においても、発明の目的及び効果に照らすと、受光器にアーク光以外の光が入射することは受光器の所期の機能の実現を妨げることになるから、受光器の指向性を強める手段は、当然に必要とするものといわなければならない。本願発明の詳細な説明をみても、「パイプ19を設けた光検出素子」(前掲甲第3号証の2第3頁17行目)、「受光器18にとりつけてあるパイプ19」(同第4頁12行目)、「アーク光は、パイプ19を通つて受光器18に伝わる。」(同第5頁4、5行目)との記載があり、本願発明がその実施にあたり構成上必要なものとして原出願の発明におけるものと同一の「パイプ状の部材」を用いていることが明らかである。そして、受光器の指向性を強める手段として、「パイプ状の部材」はごく普通のものであつて、慣用手段の適用の域を出ないものであり、原出願の発明において、これを採用したことにより特段の効果が生じたものとも認められない。そうであれば、本件の場合、この点に関して、本願発明と原出願の発明とに実質上の相違はないというべきである。

次に、「電気的時限的切換手段」について検討する。本願発明の特許請求の範囲には、「電気的時限的切換手段」を具備する旨の明文による記載はない。しかし、本願発明においても、電気的な制御手段を具備していることは明らかであり、受光器に入射するアーク光の強さが予め設定された値以上になつたとき、はじめて溶接装置の上昇速度を加速するのであるから、不連続型の制御であり、そうであれば、切換型の制御手段を具備することを予定したものというべきである。また、溶接装置の加速と減速とが相まつて発明の目的及び効果を達成することができることにかんがみれば、本願発明においても、溶接装置の加速手段と併わせて当然に減速手段をも具備しなければならないものであるところ、前掲甲第3号証の2及び4によれば、本願発明の詳細な説明(昭和50年5月15日付手続補正書による補正後のもの)には、具体的な減速手段に関しては、「タイマーリレー20は受光器18がある一定の値を越えた強いアーク光を受光すると何秒間か動作する(0.5秒ないし5秒まで調整できる。)。」(第5頁16行目ないし18行目)との記載があるのみであつて、本願発明の減速手段としては、元の速度に戻す「時限的」減速手段だけが示され、それ以外の減速手段については記載も示唆もされていないことが認められ、結局、本願発明も「時限的」手段を具えたものとみるのが相当である。

そうであれば、本願発明も「電気的時限的切換手段」を実質的に具備しているものというべきであり、この点に関し、本願発明と原出願の発明とに差異はない。

審決は、結局において、「パイプ状の部材」及び「電気的時限的切換手段」に関して、本願発明と原出願の発明とに差異はないとしているのであつて、その結論に誤りはない。

(審決取消事由2について)

原告主張の(1)の点について検討するに、原出願の特許請求の範囲には、「当金に適宜の支持部材によりアーク光検出用受光器を装置する」旨の記載はない。しかし、原出願の発明においても、発明の目的及び効果に照らすと、受光器と溶接トーチは一体に動くことが前提となつているものであるところ、溶接トーチを当金に支持させることは、ごく普通のことであつて、原出願の発明を普通に実施すれば、当金に溶接トーチと受光器を支持させる構成をとることになる。原出願の発明の詳細な説明においても、「18は細長いパイプ19を設けた受光器であつて、公知のように銅当金11にとりつけた適宜の支持部材(図示せず)上にトーチ16と同じく支承されている。」(前掲甲第2号証第2欄27行目ないし31行目)と記載され、受光器は溶接トーチと同じく適宜の支持部材により当金に支持される構成が採用されている。そうであれば、この点に関して、本願発明と原出願の発明とに実質的な相違はない。

原告主張の(2)の点について検討するに、本願発明においては、「受光器に入射するアーク光の強さが予め設定された値以上になつたとき」に加速制御が行なわれるものであるのに対し、原出願の発明においては、「受光アーク光の強さが強くなつた時」に巻き上げ電動機の回転速度を自動的に速くするものである。しかしながら、原出願の発明は電気的時限的切換手段を備えたものであるところ、前述のとおり、「切換」とは不連続な制御形式を意味するものであり、不連続な制御形式である以上、予め一定の限界値を設定し、受光アーク光の強さがそれを越えるか否かで制御する形式を当然に予定しているものというべきである。そうであれば、原出願の発明において、「受光アーク光の強さが強くなつた時」とは、受光アーク光の強さが予め設定された値を越えて強くなつた時と解しうるものであり、本願発明と実質的な相違はないというべきである。

原告主張の(3)の点について検討するに、本願発明においては、「受光器の出力信号により巻き上げ電動機を制御して溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度に加速する」のに対し、原出願の発明においては、「受光アーク光の強弱によつて溶接装置の速度を自動的に調節するようにした」ものである。しかしながら、原出願の発明は、前述のとおり、切換制御を行なうものであるところ、不連続な速度の切換により、外観形状が均一な自動溶接を行なうという発明の目的を達しようとすれば、溶接装置の速度を、「溶接速度より速い速度」と「溶接速度より遅い速度」とに切換えることにより調節するほかはない。したがつて、原出願の発明においても、加速制御は、溶接装置の速度を溶接速度より大きな速度に加速することにならざるをえない。そうであれば、この点に関して、本願発明と原出願の発明とに実質的な相違はない。

右のとおりである以上、審決には、原告主張の相違点の看過はないというべきである。

(審決取消事由3について)

前述のとおり、本願発明における「受光器に入射するアーク光の強さが予め設定された値以上になつたとき」と、原出願の発明における「受光アーク光の強さが強くなつた時」とに実質的な相違はなく、本願発明における「受光器の出力信号により巻き上げ電動機を制御して溶接装置の上昇速度を溶接速度より大きな速度に加速する」と、原出願の発明における「受光アーク光の強弱によつて溶接装置の速度を自動的に調節するようにした」とにも実質的な相違はない。そうであれば、審決が本願発明と原出願の発明とを比較し、両者は「受光器に入射するアーク光の強さが増加した時、巻き上げ電動機を溶接速度より大きな速度に自動的に調節する立向き溶接に関するものである」点において相違がないとしたことに誤りはない。

次に、原出願の発明が「速度調整装置」の発明であるのに対し、本願発明は「走行制御方法」の発明であつて、両者の間には「装置」と「方法」といういわゆるカテゴリーの相違がある。しかし、これまでに検討した原出願の発明の構成と本願発明の構成とを対比し、それぞれの発明の目的及び効果を併せ考えると、両者は、同一の技術について、一方は装置の面から立言し、他方は方法の面から立言したものにすぎず、原出願の発明の「速度調整装置」の作用それ自体が本願発明の「走行制御方法」であることが明らかであり、自然法則を利用した技術的思想としては異なるところはないというべきである。そうであれば、本願発明と原出願の発明との間に実質的な相違はなく、カテゴリーの相違に基づく格別に技術的な意味のある構成上の差異を認めることはできない。この点についての審決の判断にも誤りはない。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 藤井俊彦 杉山伸顕)

〈以下省略〉

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